タバコが吸いたい   中村太一


 さっきの休憩中タバコを吸えなかったからか、ニコチンが切れてきた。まずい。このままではまずい。このままでは通りがかった奴を誰彼構わず殴っちまう。タバコが吸いたい。
 ちょうどタイミングよく先週入った新人が通りがかったので、おれは声をかけた。
「おい。見張り代わってくれ。タバコが吸いたいんだ」
「嫌ですよ」
 新人のくせに生意気言うやつだ。
「先輩の言うこと聞けっての。ぶっ飛ばすぞ」
「訴えますよ」
 最近の新人はこれだから嫌だ。ぶっ飛ばすぞと言われたら、うるせえと返せばいいだけだ。何を真に受けてるんだ。
 無理やり新人に仕事を代わらせ、裏にある喫煙所へ行った。ポケットからタバコを取り出すが、箱の中には一本も残っていなかった。嘘だろ。まあいい。ちょうど喫煙所にいた後輩にもらおう。
「おい。タバコ一本くれないか」
「あとで返してくださいよ」
「百倍にして返してやるよ。はははは」
 後輩が差し出した箱から一本抜き取る。ようやくタバコにありつける。
 しかし、タバコをくわえ火をつけると、おれはむせた。
「お前どうしてメンソールなんて吸ってんだよ」
「文句言わないでくださいよ」
 タバコを灰皿に捨てた。仕方ないから仕事場に戻り、さっきの新人の声をかける。
「えっ。おれタバコなんて吸ってないですよ。今時タバコなんて吸うやついませんよ」
「くたばっちまえ」
 新人は舌打ちした。舌打ちなどせず言い返せばいいんだクソが。
 仕方ない、メンソールで我慢するか。喫煙所に戻り、後輩に声をかける。
「もうなくなりましたよ。さっきあなたにあげたのが最後です」
 ふざけるな。
「このへんでタバコ買えるとこないか」
「あっちにコンビニが二軒あったはずですよ。一軒目はバス停の隣にあったはずです。さっきあげた分返してくださいよ」
 一言多いやつだ。
 バス停は歩いて五分のところにある。往復で十分、タバコを吸う時間とか諸々考えて十五分はかかる。さすがにあの新人に悪い気がしたが、このままタバコを吸わずに仕事場に戻ると、ぜったいあいつを殴っちまう。
 歩いて五分、バス停に着いたが、そばにあるはずのコンビニは潰れていた。クソ。これだから田舎は嫌なんだ。コンビニにまで見放される田舎に道路工事なんかしてどうなるんだクソが。さっき後輩はコンビニは二軒あると言っていた。もう少し歩けば二軒目があるはずだ。ここまでくればタバコを手に入れずに戻るなんてありえない。
 歩くこと三十分、コンビニは見つからない。ちくしょう、どこにあるんだ。さらに歩いて三十分すると駅が見えてきた。よかった、これで見つかるはずだ。近くのコンビニに入り、タバコを買おうとしたが、しかし、おれがいつも吸ってる銘柄だけがない。外国のかっこいい銘柄だ。ちくしょう。ここまできて妥協なんかするものか。ぜったいいつもの銘柄を吸ってやる。別のコンビニに足を運んだが、どの店舗にもないおれの欲しい銘柄がない。
「どうして外国のあの銘柄がないんだ」
 コンビニ店員は首を傾げた。店員の名札を見ると日本の名前じゃない。アジア系のやつだ。ちくしょう。
「店長を呼べ」
 店長にどうしてあの銘柄がないか訊いた。店長は首を傾げた。クソが。
「タバコが売れなくなっているので、人気のものしか置いていないんです。とくに輸入タバコなんて売れませんからね。他の店もそうだと思いますよ」
「タバコ、ベトナムデハ、人気ダヨ」
 アジア系のコンビニ店員が憐れむように言った。うるせえ、ここは日本だ。
 コンビニを出て、売ってそうな店を探す。ちょうど電気屋を通り過ぎる時にテレビでニュースがやっていた。タバコの輸入が全面的に廃止になったとのこと。おいおい、まずいじゃねえか。
 さっきのコンビニに戻り、アジア系のコンビニ店員に話を聞いた。
「ベトナムナラ、ソノタバコアルヨ」
 しかし、おれはパスポートを持っていない。どうやってベトナムに行けばいいんだ。
「ソレナラ、イイ考エガアル」
 コンビニ店員はニヤリとした。
 おれはコンビニ店員についていって、大きな船に乗った。そこで来る日も来る日も働いた。寝る場所と食事は用意されていて、仕事が終わるとたらふく飯を食ってそのまま倒れこむように寝た。ベッドは清潔で、飯はうまかった。一緒に働く奴らもみんな気のいい奴らだった。酒も飲まなくなった。たまに見ることを許される映画が心の癒しだった。ここ十年で一番体の調子がよくなった。
 船がベトナムにつくと、おれは船の同僚と涙の別れをして、コンビニに向かった。あの店員の言った通り、おれが欲しかった銘柄があった。船で働いた給料でタバコを買い、すぐさま喫煙所に入り、震える手でビニールを破いた。ようやくタバコにありつける。この日をどれほど待っていたことか。
 タバコに火をつけ煙を吸い込むと、気持ち悪くなって胃にあるもの全部吐き出した。
 もはやタバコを受け付けない健康な体になっていた。





中村太一
作家志望の社会人。円城塔や綿矢りさ、羽田圭介が好き。ツイッター→@toooooichi101

見張りを交代している場面に見えたので、そこから始まる話を書きました。